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福岡高等裁判所 昭和38年(う)922号 判決 1964年3月07日

被告人 藤井利徳

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金四〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

検察官片山恒が陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同検察官提出の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する弁護人甲斐[糸聿]の答弁は記録に編綴の同弁護人提出の答弁書に記載のとおりであるから、これを引用する。

同控訴事実について。

よつて、記録を調査すると、原審は本件公訴事実のうち訴因第一の、被告人は昭和三八年二月一二日北九州市戸畑区殿町四丁目上田星子方において、同女に対し法定の除外事由がないのに米穀八四〇瓩を代金七万円で売り渡したとの事実を証拠により確定しながら、右行為が食糧管理法第九条、同施行令第八条、同施行規則第三九条に違反し、同法第三一条に該当することを否定して、結局右事実について被告人に無罪の判決を言渡しているのである。

そして、原判決は、その理由として前記規則第三九条は農林大臣の指定する場合を除いては一般的に米穀の譲渡を禁止しているところ、令第八条においては農林大臣に対し、生産者、輸入者等以外の者の所有する主要食糧の譲渡を全般的に禁止する権限を与えたものでなく、例外として特に必要がある場合に譲渡に関し、特定の時期(例へば端境期)に限り、或は特定の取扱業者、都市の消費者などを指定することにより、その相手方、又は時期に制限を加えることができることを規定したに過ぎないから、右規則の規定するところは、法の授権、委任の範囲を超えたものと認められるので、同条は憲法第二九条、第三一条に違反し、第九八条第一項により効力を有しないことを説示していることは判文上明瞭である。

しかしながら前記規則第三九条は農林大臣の指示する場合を除いては一般的に米穀の譲渡を禁止したものとはいえず、令第八条が農林大臣に対し主要食糧の譲渡を全般的に禁止する権限を与えていないのに、同規則がこの委任の範囲を超えたものであるとして、憲法の条章に違背し効力を有しないものと解することはできない。なぜかというに、両法条の趣旨について按ずると、令第八条は食糧管理法第九条に基いて制定されたものであるところ、主要食糧の適正な流通を確保するため、特に必要があると認めるときは、令第五条の五による制限のほか、農林大臣又は都道府県知事は、前条、第九条又は法第三条第一項の規定により売渡をすべき場合を除いて、主要食糧を所有する者に対し、その者の行う譲渡に関し、その相手方又は時期を制限することができるとしているのであり、ここにいう主要食糧の所有者とは、生産者、非生産者を問わず、勿論輸入者を含み、換言すると、何人をも問わない広義の所有者を指称し、およそ不正に或は合法的に米穀等一五種類の主要食糧を獲得所有するに至る者のあることを予想し、それ等すべての者に対し、その者の行う譲渡の相手方又は時期を制限したものであり、同令第五条の五、第六条、第七条、第九条、第一〇条第二項等の諸規定と相俟つて主要食糧を政府に集中管理せしめ、適正な流通に乗せて以つて公正且つ適正な配給を確保しようとするものであると解すべきである。そして、右令第八条に基いて発せられた規則第三九条は、法又は法に基づく命令の規定により定める場合又は農林大臣の指定(昭和二二年農林省告示第一九六号)する場合を除いて、何人も米穀を政府以外の者に売り渡してはならないと規定したものであるところ、右は主要食糧中最も重要な米穀に関し、その譲渡について、相手方を政府に限定し、政府以外の者に対し米穀を譲り渡すことを禁止したものであり、「何人も」とは、およそ米穀を所有する者を意味し、主要食糧を所有する者のうち米穀を所有する者に限定したものであると解し得られることは文理上明白である。これによつてこれを見れば、令第八条は食糧管理法第九条の委任を受けて主要食糧に関し、特定の除外された場合以外における譲渡の制限という具体的な一定の枠を定めたものであり、規則第三九条は、その枠の範囲内において法律又は命令の定める場合の外農林大臣の指定する場合を特定明示して之を除外して、米穀の譲渡に関する制限規定を設けたものということができるので、原判決が説示するように、令第八条は農林大臣に対し主要食糧の譲渡を全般的に禁止する権限を与えたものでなく、例外として譲渡に関し相手方又は時期を制限することができると規定したに過ぎないのに、規則第三九条は農林大臣の指定する場合を除いては一般的に米穀の譲渡を禁止したものであると解するのは妥当でないことは多言を要せずして明らかである。以上説示のとおりであるから、原判示のように、この点において委任の範囲を逸脱したものであるとすることは、前掲法条を正当に理解したものといえず、到底これに同調し難いこと検察官所論のとおりであるといわざるを得ない。

してみると、規則第三九条において、政府以外の者にその所有米穀を譲渡してはならない旨規定したことについて、原判決指摘のごとき令第八条の委任範囲を超えた違法があるということはできず、同規則において農林大臣の指定する場合は、前掲昭和二二年農林省告示第一九六号(食糧管理法の施行に関する件九項、数次の改正により現在(一)ないし(一〇)となつている)により厳格且つ明瞭に明示されているのであるから、同規則が憲法第二九条、第三一条に違反して無効であるとの見解は理由に乏しい。

以上説示のとおりであるから、原審は前掲法令の解釈適用を誤り、訴因第一について本来罪とならないものであるとして、無罪を言渡したものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるので、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

そこで、刑事訴訟法第三九七条により原判決はその有罪部分を含めてこれを破棄し、同法第四〇〇条但書に従い更に自ら判決をすることとする。

(罪となるべき事実)

原判決が有罪を確定した事実のほかは、被告人は昭和三八年二月一二日北九州市戸畑区殿町四丁目上田星子方において、同女に対し、法定の除外事由がないのに米穀八四〇瓩を代金七万円で売り渡したものである。

(証拠の標目)

原判決挙示の証拠と同一であるからこれを引用する。

(法令の適用)

原判決が確定したその有罪部分並びに当審が確定した被告人の所為中、輸送の点は、食糧管理法第九条第一項、第三一条、同施行令第一一条、同施行規則第四七条、罰金等臨時措置法第二条に、譲渡の点は、食糧管理法第九条第一項、第三一条、同施行令第八条、同施行規則第三九条、罰金等臨時措置法第二条に該当するところ、それぞれ所定刑中罰金刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四八条第二項により所定罰金の合算額の範囲内において被告人を罰金一万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法第一八条により金四〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 岡林次郎 臼杵勉 平田勝雅)

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